看護と大学院

看護大学は他の学部や学科(経済・農学などなど)より年数が浅く、教員の中には看護学を最終学歴に持たない教員もいます。

看護大学はここ数年で大幅に増え、多くの大学が歴史や年数が浅く大学教員も大幅に増えました。

看護教育が大学教育に偏重することは、問題ではないと思います。
大学化による看護師の質の低下が起こることに問題を感じています。

10年ほど前の看護師は、専門学校を卒業後に国家試験を受け、看護師になることが主流でありました。
しかし現代は大学へ移行し、その傾向はなくなりはじめています。

以下の厚生労働省のデータでも看護師の最終学歴の流れがわかります。

(1)平成26年厚生労働省による看護職員の現状と推移
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000072895.pdf

(2)平成20 年4月現在 厚生労働省医政局看護課調べ
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/04/dl/s0428-8g.pdf

(3)文部科学省平成24年度国公私立医学部長・医学部附属病院長会議’P23
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2013/11/14/1341471_15.pdf

しかし、
この大学化主体の流れは、実際の看護業界で重要な役割や成果があるのか感じています。

 

先程も述べたように、看護学に関連する大学・学部・学科が新たにに増え、同時に看護教員の絶対数も増えています。
また、大学教員は、主に学生への基礎教育だけでなく教員各々が研究を行うことも役割としてあります。

私は、ある時に他の教員から修士への進学や研究に参加しないのかと尋ねられたことがあります。

理由は、修士課程へ勧むこと=大学教員社会のメインレールだからです。

しかし、その時の自分には、進学の気持ちは一切ありませんでした。

私の目的は、大学基礎教育内で私の病院臨床経験を学生へ還元することや、学生を通して「伝える」という方法を学ぶことでした。

このような気持ちの人間が、大学院へ進学する意義はないと感じていました。
一般的に看護大学院では、研究論文を提出することで卒業します。
つまり私が半端な気持ちで進学したとしても、私の研究論文は半端なモノであり、看護業界に貢献できないと思いました。

「大学生と研究論文」

一般的に大学院生が卒業するには、研究論文の提出や研究報告書の提出が必要となります。

論文とは、自分が研究したことを論理的な文章で作成し、その研究論文を必要とする他者にわかりやすく伝えるものです。

この作成過程自体が自分の成長の糧にもなります。
しかし、残念ながら卒業のために研究し論文作成することを第一に念頭する院生もいます
(大学での看護教員が昇進するには、院生の卒業が必要になることが多いです。)

つまり学位優先の論文が、出回わることに疑念を抱いています。

論文は、間接的に社会などへ活用されるべきモノと思っています。

本来あるべき論文の本質から逸脱し、世界へ発信されるとしたらどうでしょう?

たとえ、ある研究分野で権威のある教授が、そのような不本意にできた論文を査読し、高評価をした場合

どうでしょうか?信用できますか?

 

ホンマに論文通りに研究してるんだろうか、コネで生まれたもんじゃないかと思いませんか?
(2014年、日本で話題になった論文捏造のように)

しかし、そのような論文の中にも
将来、世界のどこかで臨床に還元できるような素晴らしいモノがあるかもしれません。

自分が潔癖なのでしょうか。
わたしは、すべての不本意に生まれた論文を信用したくありません。

看護と大学

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